Trying/劇「トライイング」
大物 vs 若い秘書、同等の関係になるためには――
元政界の大物と社会へ出て間もない秘書の、お互いの努力が試される物語「トライイング」。全く異なる背景を持った2人の人物が信頼関係を築いていく過程を、カナダ人劇作家のジョアンナ・マクレランド・グラスが実話を元に描いた。
ルーズベルト大統領政権時の司法長官と、ニュルンベルグ裁判の裁判長を務めたフランシス・ビドルは81歳。新しい秘書のセーラは、カナダのサスカチュワン州出身の25歳。判事として輝かしい経歴をもつ老人ビドルが、孫ほども歳の離れた負けん気の強い聡明なセーラを秘書として迎えた日からストーリーが始まる。
1967〜68年のワシントン。人生の末期にいるビドルは、最後の仕事として自叙伝を執筆している。妻が面接をしたという新しい秘書のセーラと対面するが、端から期待はゼロ。今までの秘書に随分失望していたからだ。どうせすぐ辞めるだろうと高を括り、初対面の挨拶も淡々と、セーラを歓迎する様子も全くない。
高慢なビドルに反撥を覚えながらも、彼の要求をのみ、懸命に仕事をこなすセーラ。気難しい性格で、高飛車に命令するビドルの態度に耐えかねて時にはトイレで泣くこともあるが、仕事を立派にこなそうと努力を重ねる。一方のビドルも、そんなセーラの姿勢に今までの秘書とは違う、優しさと思慮深さを見る。
そして、次第にビドルは彼女への態度を改めようと努力をするようになる。性別と年齢、立場を超えた信頼が芽生え始めたのだ。
そんなある日、セーラが妊娠していること、夫とうまくいっていないことを知らされたビドルは、赤ちゃんを必ず産むよう泣き顔のセーラを励ます。だが、セーラのお腹が大きくなっていく姿を見守る一方で、老齢のビドルは事務所へ通うのもつらくなっていた。セーラは自宅でも仕事ができるようにと、テープに声を吹き込むディクタフォンの使い方をビドルに教え、それをセーラが事務所でタイプすることに。しかし、それも長くは続かず、ビドルの死期は刻一刻と近付いていた。
そしてセーラの出産を控えたある日、ビドルが他界。主を失った事務所を片付けながら、セーラはビドルとの関係に思いを馳せる。仕事を通じていつしか友情にも似た、父娘のような深く暖かい絆で結ばれていた2人。その出会いはビドルにとっては人生最後の、若いセーラにとっては人生最初の大きな出来事となった――。
オーストラリア初公演となる「トライイング」。アンサンブル劇場のアーティスティック・ディレクターである演出家のサンドラ・ベイツが2人の人間関係を知的に描き出した。死を予感する老紳士ビドルの心境を見事に演じたマイケル・クライグ。ビドルに冷たくされながらも、やがて彼の信頼と尊敬を勝ち得る秘書のセーラ、キャサリーン・マッグラフィン。ともに人と人との信頼関係が築かれていく過程を絶妙に演じている。
古き良き時代の事務所の舞台セットと効果的な照明が、いっそう2人のキャストを生かし、洗練された出来栄えの「トライイング」となった。
information
▼劇場:エンセンブル・シアター(Ensemble Theatre, 78 Macdougall St., Kirribilli NSW)
▼公演日時:〜6月16日まで、火〜金8:15PM、土5PM・8:30PM、日 5PM
▼料金:$37〜$61 ▼予約
▼Web: www.ensemble.com.au